19

 眠りの間際、少女は獣の毛皮にすがりつくようにしていた。
 獣のよくきく耳が彼女の小さな体の中、
一番熱い心臓がせわしなく打っているのを聴いた。
 祈りの蝋燭は残り二本。
 眠れずにいるのだ。無理もない。獣も起きていた。ずっと。
 少女の呼吸に、心音に、彼女が今生きているという証に、体温に、感覚を傾けていた。
「ねえ」
 不意に呼ばれて、頭をもたげる。
 少女は獣の背中に乗って、ほんとうのベッドのようにして身体を預けた。
 少女の温かさ全部を身体に感じて、一時獣は幸福な気持ちに包まれる。
「お願い、こうさせて。あなたは暖かいから」
 そのまましばし、時が過ぎた。
 少女は躊躇いながら口を開く。
「わたし、あと二日で、死んじゃうの」
 ぽつりとこぼれた囁きに獣は息を詰まらせた。
「わたし、罪人として、処刑されるんだよ」
 獣の心臓が鼓動を早める。
「町のみんな、わたしを恥知らずな罪人だと思っている。
 でもね、あなたに聞いて欲しいの。
 他の誰にも言わない。
 あなただけに知ってほしい。
 あなたは、他の誰に言うことも無いでしょうから」
 獣の頭の上に顔を横たえて、背の毛を指でいじっている。
 少女は静かに話し始めた。
 普段の父の温厚なこと、母が死んで以来は時折酒を飲むと人が変わること。
 それでもそんなことは一年に一度あるかないかであるということから話は始まった。
「でね、お父さん……、些細な口論からね、雇い主のおじさんを」
 家畜舎に死体を引きずってきた父はテュットを見て泣き崩れた。
 真っ青な顔で後悔の言葉を繰り返した。
「お父さんが居なくちゃ、うちにはほかに五人も子供がいるでしょ?
お父さんが居なくちゃ、みんな飢え死によ。
お父さんを失って、わたしが稼ぎ頭になんて、なれる?
誰かを頼ろうとしてもだめ。罪人の子供たちは立場が悪いの」
 だからテュットは申し出た。
「わたしがやったことにしたのよ。
わたし、うまくやったわ。
お父さんを庇っているって疑われもしたわ。
でも、うまくやったの。
だからほら、こうして牢に入れられた。
お父さんは、無実のまま……」
 音のない吐息。
 寝返りを打つ身体。
 獣は背に少女の仕草の全てを感じる。
 耳をぴんと立てて、一言も聞き漏らさないように澄ましていた。
「食い扶持も減るし、そのほうがみんなのためね。
お父さんには新しい仕事を探して、みんなを養ってもらわなくちゃ。
ねえ、あなた、わたしを良い子だと思う?
わたし、罪人よ。裁かれて当然の、悪い子よ」
 獣は首をかしげそうになった。
 でも、そうすると少女の身体がすべり落ちてしまうので、身動きをしなかった。
「わたし、悪い子なの」
 テュットは言う。
「お父さんはきっと罪の意識に苛まれる。死ぬほど苦しむわ。
だってあの人、とても良い人で、優しい人で、家族思いで……。
だから、自分のせいで娘が死ぬなんてとても耐えられないはずよ。
わたしが死ぬくらいなら、自分が死にたいと思うはず。
でも、駄目。代わってあげない。
わたし、お父さんを呪うの。
お父さんはもう二度と家族に迷惑かけるようなことをしない。お酒も二度と口にしない。
どんなにつらくても冷静に考えてくれる。
二度と家族を失うまいと、今以上に気を配って、尽くすようになる。
それでいい、そうして欲しいの。
弟妹たちを立派に育てあげてくれなくっちゃ」
 いつしか声は晴れ晴れとした調子になっていた。
 獣は震えそうになる体に力を込めて、それを堪えた。
 今すぐ父親をひっ捕らえて指を差して声高に叫びたかった。
 少女は無実だ。こいつがやったんだ。
 だからテュットを助けてくれ。
 そんなことをしたところで、少女は喜ばないとしても、
 そもそも獣には不可能な行動だとしても。
 少女が何も言わない代わりに、違うのだと弁解したかった。
 この子が人を害すだろうか。
 こんな異形の獣にも寄り添ってくれた、この娘が?
 少女を有罪と信じている全ての者に見せてやりたい。
 この牢の中少女がどれだけ獣に尽くしてくれたか。
 何かを害することのできる人間が、こんなに暖かいだろうか。
「わたし、理不尽だとは思わない」
 付け足すように、少女は言った。
 言葉は素直な響きを持っていた。
「最悪からは、救われたの」
 そう言ってやがて静かに眠りについた。
 少女は心の底から救われたのだと信じている。
 獣にとっては、それこそ理不尽な話だった。