04

 今、何が居ただろう。
 テュットは大きく呼吸することで恐怖と動揺を鎮めた。
 ふいに、小さな頃に叱られた時、母親が言った言葉を思い出した。
「悪い子は土の下から悪い獣がやってきて食べてしまうよ」
「聞き分けない子は罪の獣に食べてもらうよ」
「罪の獣がやって来ないうちに早く寝なさいな」
 母はテュットに忠告した。
「洞窟を見つけても、決して入ってはいけないよ。
そこには人を食べる罪の獣が棲んでいるのだから」
 大人の使う他愛ないしつけ文句だとずっと思っていた。
 幼い頃に感じたようにテュットは怯えた。
 悪の獣が本当にいる。
 人を食う罪の獣がここにいる。
 これが私への罰なのだ。テュットはそう考えた。
 震える足が仕事を放棄して、テュットは冷たい岩の上に座りこむ。
 地下洞窟の冷気が急に身に染みて、肩を抱いて温めた。
「お父さん――」
 家族の姿を思い浮かべて、体の震えを止めようとする。
「マーニ。メリ、ピエニ。タルヴィ。……小さなユニ」
 まだ伸び盛りの仲良しの弟妹たち。
 一番下の妹は四歳になったばかり。
「お母さん」
 可愛いユニの訪れと共に去ってしまった温かな母親を思い浮かべた。
 考えてみれば、テュットもユニを嗜める時、同じように言って聞かせた。
 そんな悪いことをする子は罪の獣に食べられるのよ。
 あなたみたいな分からず屋は悪い獣に食べてもらいましょう。
 そうやって脅かして泣いてしまったユニのことを思い出して、テュットは悲しくなった。
 もっと優しくしてやるのだったと今になって悔やむ。
 もうこの手で抱きしめてやることもできない。
 ユニは暖かかった。
 母に似た金の綺麗な髪はふわふわして柔らかかった。
 宝物みたいな女の子。
 次々に弟妹たちの姿が克明に頭に浮かんでは、触れることもできずに消えていく。
 テュットは一人ぼっちだった。
 つい先日まで暮らしていた家が天国みたいに思えた。
 父親の涙に崩れた顔が最後に思い浮かぶ。
 胸の痛みがいっそう強くなってテュットは息を吐いた。
 一ヶ月、ここで暮らす。
 きっと最後にもう一度だけ家族に会うことができるはずだ。
 希望の旗を痛みの上に打ち立てて、テュットは顔を上げる。
 視界の向こうに小さな炎が揺れていた。
 そこに居るものを思い出してテュットはまた震える。
 あの明かりは少女の希望を脅かす炎だった。