03

 遠い過去、罪を犯した男に下された罰は三つあった。
 一つは洞窟牢に死ぬまで閉じ込められること。
 もう一つは、罪の記憶以外の思い出を捨てること。
 そして最後に、人の姿を奪われること。
 今や彼は人間と呼ぶにはあまりに異様な姿をしていた。
 人をはるかに凌ぐ巨体に厚い毛皮を纏う。
 ペンを持つことも出来ない固い爪の並んだ手。
 鹿のような後ろ足は地面を固いひづめで踏んで、
二足で立って歩くことの難しい骨格へ変わった。
 顔には人に似つかない大きな逆三角の鼻がある。
 裂けた口、薄い唇と大きな犬歯。
 顎から胸へかけては更に毛が伸びている。
 いつの間にか尻尾まで生えていた。狼を思わせる、毛に覆われた長い尻尾。
 この変化がいつ起こったのか、どれ程の時間をかけて生じたのか、
男にはその記憶がなかった。
 元々の姿さえ思い出すことはできない。
 人の言葉を話せなくなり、そうする必要もなかったために思考を忘れた。
 男は獣となった。
 遠い過去に犯した罪の、鮮明さを欠いた記憶だけを抱いて。
 本能のまま空腹を満たし、狭い格子の内側でただ眠るだけの毎日を生きている。
 遠い過去から、今までずっと、誰にも会わずに生きている。
 

 喉の渇きを覚えて獣は湖の縁へ歩いていった。
 昔、格子は湖の外にあった。
 年を経るにつれ水かさが増したため、今は湖の縁が牢獄の内側にある。
 それは、いつからか男にとっての丁度良い水飲み場になっていた。
 大きな体の上半身を屈め、前足で体重を支えて肩を低くする。
 赤い厚い舌を伸ばしてぴちゃぴちゃと水を舐めた。
 不意に、覚えのない匂いを嗅いで男は顔を上げる。
 匂いの元のほうに何かがあった。
 小さな生き物の影だ。
 小さな影は後ずさり、背中の格子にぶつかって、その衝撃にびくっと震える。
 思考を忘れた男は何の感慨も抱かず、踵を返して寝床へ戻った。
 狩って食べるほど空腹ではなかったのだ。