09

 はじめの日以来、触れ合うほどの近くに獣が寄ってきたことはない。
 テュットからも進んで近づくようなことはしなかった。
 食事は、運ばれたらすぐに獣の餌からなるべく遠ざかって摂った。
 献立の内容が変わったことはない。
 一日一回、ほんの僅か食料だけでは食べたりないが、そもそも身動きをあまり取らない。
 だから苦痛に思うこともなかった。苦痛に思わぬようにつとめた
 それでも時折強く、味の濃いものを求めてしまう。
 甘いビスケットや、ゆっくり蒸した濃いお茶、果実の煮込んだソースをかけた子牛の肉。
 日常生活でごくたまに口にすることができたぜいたく品。
(子牛の肉だなんて! 一年に一度だって食べられたかしら?)
 そういうものを、舌がわがままな子供になって求めたときは、仕方なく指をくわえた。
 汗の塩味で誤魔化して、ひもじい気持ちを収める自分はみじめだった。
 けれど、それも構わない。
 どうだって良い。
 自分のことなど。
 今どんなにみじめでも、それを笑う者はいない。
 もともと裕福な家ではない。
 食事の内容は似たり寄ったりだ(ううん、もちろんこんなに酷くない)。
 耐えられないことはない。
 そう、耐えられないことなど何も。
 罪人だと侮辱されても。
 町の皆に軽蔑されても。
 裏切り者と指差されても。
 暗い洞窟の中に閉ざされても。
 恐ろしい獣がそばに居ても。
 それが何だと言うのだろう。
 それは何も奪えない。テュットの大事なものを、奪えない。
 だから。
 耐えられないことなど、何もない。
 少女は決意を新たにする。
 覚悟はもうできている。
 時間は刻々と刻まれて、その瞬間は確実に近づいてくる。
 己の死の時。
 処刑の日。それは同時に、もう一度皆に会える最後の時でもある。
 家族たち。テュットの一番大事なもの。
 この暗闇の洞窟で過去を思い返すことが何度あっただろう。
 その度に自分がこうしていられることを、幸福だと感じた。
 家族を守れることを誇りに思う。
 そう――耐えられないことなど。なにもないのだ。
 この恐怖も。
 内側から這い出てくる冷たいもの。
 胸の奥から滲んだ冷たく鋭いもの。
 埋めることできない穴が穿たれる。
 少女は湿った岩の上に蹲って、体を掻き抱く。
 そうすることで穴を埋めるように。
 そんなことをしたって埋められないのを知りながら。