08

 男は。
 罪を罰され獣となった男は、思う。
 何かを思うことなど久しぶりだった。
 今まで何かを思うことなどなかった。
 長い、長い間。
 何年も、何十年も、あるいはもっと長い歳月。
 獣はひとりきりだった。
 だから、何かを考える必要を次第に失った。
 ただ命を永らえるだけ。
 本能のまま条件を満たし、生き延びるだけ。
 空腹なら食べ、喉の渇きを潤し、疲れたら眠る。
 義務もなく、権利もなく、
 目的もなく、意味もなく、
 苦痛もなく、喜びもなく、
 そこには何の感情もない。
 そこには何の意思もない。
 男の体だけ、生き続けていた。
 あるいは心などとうに死んだのだ。
 そうでなければこの無為の命を、無為の時を、
たったひとりで過ごすのは酷い苦痛であるはずだ。
 それこそが罰なのだから。
 罪を罰され獣となった男は、思う。
 何か、居る。
 自分以外の何かの存在が、ある。
 餌ではない。
 餌を運ぶ者とも違う。
 敵と呼ぶほど危険なものではない。
 しかしこちらに無関心なものでもない。
 それは、何だ?
 男は、獣は、思った。
 思った瞬間、思考を取り戻した。
 思考する必要などなかった日々を、思った。
 誰とも触れ合わずに過ごした日々を。
 自分が何者であるか、思った。
 獣であることを。
 人であったことを。
 罪のことを、罰のことを、思った。
 死ぬまで終わらぬ刑のことを。
 ここが牢獄であることを。
 そして。
 自分以外の何かのことを、思った。
 人であることを。
 まだ年若い少女であることを。
 この牢に居ることを。
 それが意味することを。
 ――彼女もまた罪人なのだ。