11 考えること、思うこと。 それを忘れていた獣は、 それを思い出した獣は、 少女が成すことをすべて受け入れた。 口の中に手を突っ込んで牙を磨くのも、 冷たい水をかけて毛皮を洗うのも、 眠るときにはこの体を毛布がわりにするように身を寄せるのも、 返事がないのに延々語りかけてくるのも、 すべて。獣は受け入れた。 反応を返すことは稀だった。 不思議とわずらわしいとは思わなかった。 誰かがそばに居ること。 いままで失われていたこと。 何年も、何十年も、あるいはもっと長い年月。 記憶も定かでない、牢獄に捕らえられていた間。 獣はひとりきりだった。次第に何も感じなくなった。 寂しさも。 苦しみも。 ずっと、暗闇に一人きり。 気が狂いそうな日々を生きながらえるために思考を手放したのだ。 少女は獣の体の垢を落としたように、固く凍った感情も呼び覚ました。 それは、積み重なった寂しさを彼へ返した。長い間降り積もった孤独を思い知らせた。 例えるなら寒さだった。空腹感に似た、それと比べようもないほど大きな不足感。 痛みで、苦味で、火傷のようで凍てつく。 自ら体を引き裂いてしまいたいほどの衝動のようで、倦怠感のようで、それは、 牙のように、棘のように、幾千の針のように、獣を痛めつけた。 喪失感はひどく彼を追い立てた。 独りきりでいた長い年月をつきつけて、無為に取りこぼしてきた時間を見せ付けて、 あざ笑うように、胸の内で金切り声をあげた。 寂しさというやつは、今になって罪の獣に己の過ちを自覚させ、そうして罰を下した。 忘れてはいけない。 過去が獣へ語りかける。 罪を犯したこと。 忘れてはいけない。 罰を受けていること。 忘れてはいけない。 お前は奪った者だ。 お前は害した者だ。 お前は欲した者だ。 お前は。 ――忘れてはいけない。 ただの獣であればよかったと、はじめは思った。 しかしこの牢獄に一人ぼっちではないと気付いて、彼は思考を取り戻したことを喜んだ。 この寒い牢獄に、ただ一つ灯る蝋燭より、少女ははるかに明るく暖かい。 その声は、その体温は、その手は獣を慰める。 しかしすぐにも奪われる。 これも罰のひとつなのかと、獣は誰にともなく問うた。 獣の体は頑丈で長命だった。男が死ぬ前に少女が牢から去ってしまうだろう。 その理由が何であろうと、獣より少女のほうが長居するとはとても思えない。 ならばやはり、心失ったままで居ればよかったと考えている自分に気付く。 獣は、男は、揺れる。 今ある短い幸いの喜びと、いずれ訪れる喪失の痛みの間に、揺れる。 |