17

 蝋燭の残りは四本となった。
 見つめる少女と獣の心中は似通っていて、その実遠いものだった。
 あと四日で主の御許へと命を返す少女。
 あと四日で愛しい者を失う罪の獣。
 彼の罪科はその後も続くのだ、きっと。
 少女の死の瞬間同時に息絶えるのでなければ、再び一人きりになる。
 罰から逃れようとする気持ちはない。
 どんなに辛く苦しくても受け入れられる。受け入れなければならない。
 ただそのために少女の命が奪われるというのなら、それは間違いだ。
 もしもこれが自らへの罰ならば。
 少女の命とは関係なくそれをこの身に課せば良い。
 怒りに猛る獣の毛に少女の手が触れた。
 途端に蓋の閉まるように、獣の心から全ての烈しい気持ちが消える。
 少女への温かな思いに満ちる。
「さあ、これからお祈りの時間ね」
 そう言ってマッチをすって、四本目の蝋燭に火を灯す。
 やや待って溶けた蝋を燭台代わりの皿へたらす。
 皿に蝋燭を固定させて、火の落ち着くのを見守った。
 獣は先日から、少女と同じ時間、同じように祈りを捧げていた。
 獣と化して祈りを忘れ、どれだけの時が経っただろう。
 こうして再び主のともし火を前に懺悔するなど、思ってもみなかった。
 祈りは人の姿でいた遠い昔に捨てていた。
 かつて皮肉な運命に憤り、起きぬ奇跡に苛立って、祈りの果てに絶望した。
 そして彼を獣に変える原因を起こして、
それでもなお、こうして気持ち安らかに祈り、願うことを思い出した。
 これが、実際、何になろう。
 主が祈りを聞き届けるだろうか?
 否、少女は「助かりたい、生き延びたい」とは祈っていない。
 祈りはかたちある何かをもたらさない。
 七本目の蝋燭が少女を救うわけもない。
 しかしこうしている時間が、掛け替えのない大切なものだった。
 少女と二人寄り添って、同じものへ思いをはせた。
 言葉はなくとも通じ合っているような気がして幸福だった。
 しかしそんな時ほど一瞬ほどの間に去ってしまう。
 四本目の蝋燭は燃え尽きた。
 テュットの細い喉が震えた吐息を漏らす。
 蝋燭が消えたからだけでなく、少女の顔色は暗く、蒼白に色を失っていた。
 そんな必要もないはずなのに獣へ気丈に微笑んでみせる。
 そうすることが、テュットの勇気になっている。微笑むことで力を得るのだ。
 少女は獣の顔を撫でた。
「あなたが居て、本当に良かったわ。わたし、寂しい思いをしなかった」
 撫でる手は冷たい。
 それを言うのは自分のほうだと、喉も焼けんばかりの思いで、
しかし吼え声を漏らさないよう男は堪える。
 少女だってまだ一度も泣いていないのに、男のほうが泣きそうだった。
 もっと訴えても良い。
 もっと嘆いても良い。
 もっと怯えても良い。
 そう言ってやりたかった。
 もう何もかも打ち捨てて、
 心のまま泣き声を上げて、嘆いて、責めて、怒って。
 そうしたほうが心は楽になるだろうに。
 それでも、少女は笑う。