14 投獄から何日経っただろう。 少女に蝋燭が与えられた。 細かい植物の模様の刻まれた小さな白い蝋燭。それが七本。 一般的な家庭で用いられる、テュットにとっても馴染み深いもの。 毎晩寝る前に灯す祈祷の蝋燭だった。 それを投獄されて以来はじめて手にして、少女は嬉しそうな顔をした。 「ありがとう、久しぶりに心落ち着いて祈ることができます」 祈りを捧げる喜びを取り戻した少女へ、獄吏は言う。 「その蝋燭が全て尽きた翌朝、お前はこの牢を出る」 言葉が意味することを理解し、テュットの顔がこわばった。 少女を連れて来た日と同じように感情の無い言葉だけを残して獄吏は立ち去る。 テュットは立ち尽くして、遠ざかる足音が完全に消えるのを聞き届けた。 渡された小さな籐の編み篭の中に七つの蝋燭が並んでいる。 骨のような白さが美しく見えて、テュットは一瞬、燃やしてしまうことを惜しく思った。 蝋燭を燃やさずとも七日後に再び彼は訪れるだろう。 少女は洞窟牢の最奥に一つだけ設えられた古い卓の上に篭を置いた。 そうしてしばらく、岩壁に背を預けて、膝を抱えてじっと座っている。 会話を聞きつけ事態を悟って、獣も心を乱されていた。 胸に凍えを感じる。 心臓からゆっくりと血の気が引いていく。そのまま穴が空きそうな不吉な感覚。 胸は冷たく、それなのに頭はかっと熱かった。 理不尽への怒りの熱と奪われる痛みの冷たさに体中が、心までも翻弄される。 少女を奪われる時を、その訪れの気配を、皮膚が感じて体中が総毛立った。 自分以上に辛い心地でいるだろう少女を心配して様子を伺う。 岩に背を預けて座っている彼女が、ふと気付いて獣のほうへ手を差し伸べた。 獣は少女へ歩み寄る。テュットは小さな薄っぺらい手のひらで鼻頭を撫でてくれた。 しかしそれきりで、顔を背けてしまう。すん、と獣は鼻を鳴らした。 「……ごめんなさい。今は、何かをする気持ちになれない。 だめね、今こんなふうに、時間を無駄にしてしまっては。でも、許してね」 獣は頭をそっと少女の肩に押し付けた。 それから少女のそばを離れ、人より優れた聴覚を澄ましてじっとしていた。 二人がそれぞれ牢の端と端に居ようと、こうしていればどんな小さな囁きさえ聞こえる。 少女のすすり泣きが聞こえたら、心は共に泣こうと思った。 少女が世を恨むなら、共にそうしよう。 たとえ少女が望まぬとも、同じように考えて、同じ感情を示したかった。 少女と共にあることが、獣の唯一の望みだった。 獣の耳にそっとテュットの声が触れる。 「ああ、ごめんなさい……みんなのこと、心配してないわ、わたし。 でも、神さま、ごめんなさい。 わたし、お願い事がひとつ。 今以上に、ひとつもあるんです。 今までこんなにたくさん与えてくださってありがとうございます。 わたしは最後まで幸せでした。 わたしは、最後まで望みどおりに生きられました。 それだけで充分なのに……。 わたしは悪い娘です、神さま」 聞こえてきたのは少女の懺悔だった。 獣は驚き、耳を立てて一言だって聞き漏らすまいとする。 一本目の蝋燭の灯し火に、少女の顔があかく照らされていた。 泥や垢にまみれ、栄養不足にやせこけた頬。 同じ年頃の娘に比べたら十も歳を取ったようにも、ひどく幼いようにも見える。 とても綺麗とは言いがたい、しかしどこか侵しがたい神聖な面持ち。 少女は蝋燭の明かりを、その先にある主を見据えた。 (願いを言いなさい)と獣は、主でもないのに促したい気持ちで一杯だった。 しかし今日、少女はそれ以上に何も言わなかった。 祈りの蝋燭が燃え尽きるまで時間はそうかからない。 蝋燭の残りは六本になった。 燃え尽きた瞬間に少女の胸の鼓動が強く打つのが聞こえた。 一日一本、燃やし尽くされる祈りの蝋燭。 それは少女に命の残りを暴力的につきつけて報せる苦痛の針だった。 獣は毛を逆立てて、血管の血が沸騰してしまいそうな程、人間の残酷さに激怒する。 ふうふうと喉から獰猛な息を吐き、 しかし少女を怯えさせてはなるまいと懸命に気持ちを鎮める。 残された時間は短い。 蝋燭の本数が示すとおり。 まだ歳若い少女に残された日々にしては、あまりに短い。 なぜ先に自分を殺さないのかと獣は狂おしい気持ちで思う。 少女が真に罪を犯していたとしても、それがどんなことでも―― もし牢での落ち着いた様子がとうに訪れていた気の狂いから生じたものだとしても。 そうだとしても、釈放されればいずれ他者の役にも立つだろう。 この獣の害なす体とは違う。この老いさらばえた化物を代わりに殺せばいい。 声があれば叫んでいた。 この子の代わりにおれを殺せ、と。 少女は喜ばないだろう。 だがそれでも、生きているほうが余程良い。 獣は自分が身代わりになれないことに酷く悔しい思いをした。 |